健康

江戸時代の育児書「小児養生録」について

『無事、元気な子供を産みたい』
世の中のお母さん共通の願いだと思います。それはいつの時代でも変わることはありません。
もちろん、西洋医学ではなく漢方が主流だった江戸時代でも、同じです。

この度、2人目の子供を授かるにあたり、先人の知恵を借りるべく江戸時代に書かれた育児本「小児養生録」の内容がとても面白かったので、内容の一部ですが現代語訳し皆さんに共有したいと思います。

○原文と解説
飲食、身もち等、其外常のごとくにすべし。もし、飲食常に替りて、或いは少なく、或いは多いときは、脾胃和らがず、かへりへ食に傷の難ありて、胎も其害を受くることあり。

⇒妊娠しているからといって、特別普段の生活から変える必要はないと最初に説いています。その例えに、貧しい婦人を例にとりその理由を説明しています。
貧賤の婦は、妊ても飲食・運用、皆貧賤の常をかへず。粗食を食して、動作常に異ならざるゆへに、平産多し。

⇒貧しい婦人は、妊娠をしても食事内容や働き(仕事)を変えることはない。そのままであるが故に、多くのものが楽に子供を産むのだ。
江戸時代では、貧しい人の方が安産だということが妊婦の間で知られていた為、金持ちの人があえて粗食をしたり、普段しない掃除をあえてしたり、豆を地面にまいてそれを拾うなどの安産法(?)が流行っていたようですが、筆者は普段と違うことをすると良くないと諫めています。

○原文と解説
「妊婦一物をすき好て食は、其好むところのあぢ[味]はひによりて、五臓の虚したることを察すべし。例えば、酸ものを好みて食は、肝の臓の虚なり。甘きものを好みて食は、脾の臓の虚なり。辛ものを/好みて食は、肺の臓の虚なり。苦きものを好みて食は、心の臓の虚なり。鹹ものを好て食は、腎の臓の虚なり。各々五味の品に因て、其臓腑の虚を知る。早く医師に近づきて療治すべし。」

⇒当時の医療が漢方の五行説(肝・心・脾・肺・腎)に沿った考え方であることがうかがえる文章です。同時に病気の症状ではなく、普段の食事の傾向からいち早く身体の不調を察知し、治療する予防医学的な視点も垣間見えます。

○原文と解説
「右のしなじなは、大いにいむべし。其外馬歯莧(スベリヒユ)を食ば、小産をする。桑実と、あひるの卵をまぜて/食ば、さか子をうむ。さて産月には、酒を服べからず。又くすりにも、いむべき薬種あり、みだりに服べからず。医者にたづねて服すべし。」

⇒妊婦は普段食べているものを特別変える必要はないが、避けるべきものはあるという書き方でこれらを挙げています。普段は我々が口にしないものも多くありますが、鮭や鶏卵やおすし、蟹、果物では梨や桃、あんず、菌(くさびら、現代でいう野菜)では生姜、ネギ、ニラ、にんにくなど現代でも身近なものが多く記載されています。
それぞれ個別の理由が書いてある書は見つけられなかったのですが、書いてあるものを色々な角度で吟味してみると以下の点ではないかと推測します。

妊娠中は免疫力が低下することがあるので、生ものは避けた方が良い。
当時の衛生管理環境では、特に川魚の寄生虫や鶏卵のボツリヌス菌を避けることは難しかったので、戒めとして記載しているのでは。
◎前述されているように、妊婦は生もの、冷たいもの、辛いものは食べないようにする記載がある。記載されている果物は身体を潤し冷やすもの、野菜は香味野菜中心で漢方的に辛味に属するものなので、それの具体例として記載されている。

また、出産予定月の飲酒は避ける、妊娠中に飲む薬については医者に尋ねてから飲むなどの注意事項も本文で説いています。

〇原文と解説
「妊婦立ときに、一足に力を入れて立つべからず。身を伸てのびをすることをせざれ。高ところ、たななどの上の物を、手をさしのべて取べからず。又、重き物を持ちてあゆむべからず。是らは胎内の子、乳房をはな[離]して悪し。

⇒当時は、母の胎内にも「乳房」があって、胎児はある程度の月齢になると、子宮内で乳を飲んでいると考えられていたようです。またそれに伴って、胎内で乳を離すと胎児が死ぬと考えられていました。その考えは明治時代には否定されましたが、高いところのものを取ろうとしたり重いものを運ぶと転倒から流産のリスクもあるため、それを避けるための戒めとしても機能していると考えられます。

〇原文と解説
「妊婦血虚し、火さかんに、氣さは〔騒〕がしく、或いは物にふれておどろくゆへに、胎内の子動きさは〔騒〕ひで、月に足ずして産る。其子必ず病者にして、そだちがたし。母の生質をかんがへて、養生薬をあたふべし。」

⇒漢方では、『血虚(けっきょ)』体質だと十分に子供へ栄養を与えることができず、早・流産しやすいと考えます。また、”血”は乳にもなるため、生まれた後の子供の養育にも欠かせない要素となります。
”血”を補う処方である「当帰芍薬散料」が安胎薬としても使われる点からも、妊娠において”血”がいかに重要視されていたかがうかがえる文です。

次はいよいよ「初誕編」、新生児の出産における養生について書いていきます。

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